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静岡地方裁判所 平成4年(ワ)269号 判決

主文

一  被告は、原告有限会社山梨重機に対し、別紙物件目録記載一の土地上にある別紙物件目録記載四の建物部分を収去して、同目録記載一、二の各土地を明け渡せ。

二  被告は、原告有限会社山梨興業に対し、別紙物件目録記載三の土地上にある別紙物件目録記載四の建物部分を収去して、同目録記載三の土地を明け渡せ。

三  被告は、平成三年一二月四日から右土地明渡し済まで、原告有限会社山梨重機に対し月額金六万〇三二二円の、原告有限会社山梨興業に対し月額金五万九九七八円の、各割合による金員を支払え。

四  原告らの、その余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求

1  主文一、二項と同旨

2  被告は、平成三年一二月四日から右土地明渡し済まで、原告有限会社山梨重機(以下・山梨重機と言う)に対し月額金二〇万一七五〇円の、原告有限会社山梨興業(以下・山梨興業と言う)に対し、月額金二〇万〇六〇〇円の、各割合による金員を支払え。

第二  主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載一ないし三の土地(以下・本件土地と言う)は、もと訴外の滝戸政夫(以下・政夫と言う)の所有であったが、同人は、昭和六〇年六月六日死亡し、政夫の子である滝戸宏巳(以下・宏巳と言う)が相続により本件土地の所有者となった。

2  平成三年一二月四日、宏巳から、原告山梨重機は別紙物件目録記載一・二の土地を、原告山梨興業は別紙物件目録記載三の土地を、いずれも、金六一二五万円(合計金一億二二五〇万円)で買い受けた。

3  被告は、平成三年一二月四日以前から、別紙物件目録記載一・三の土地上に、別紙物件目録記載四の建物(以下・本件建物と言う)を所有することによって、本件土地全部を占有している。

4  平成三年一二月四日以降の、別紙物件目録記載一・二の土地の相当賃料は月額金二〇万一七五〇円、別紙物件目録記載三の土地の相当賃料は月額金二〇万〇六〇〇円である。

よって、原告らは被告に対し、本件建物を収去して本件土地の明渡と右明渡し済まで前記の割合による損害金の支払いを求める。

二  認否

1  1のうち、政夫の死亡と宏巳の相続の事実は知らない、その余の事実は認める。

2  2・3の事実は認める。

3  4の事実は争う。

三  抗弁

被告は、昭和四五年四月二六日政夫から、本件土地を、普通建物所有目的で期間三〇年(契約書では、五年となっているが、借地法一一条、二条の規定により三〇年となる)、賃料月四万円の約定で借受け、本件土地の引渡を受け占有している。

四  認否

全部認める。

五  賃貸借契約解除の再抗弁

(無断譲渡を理由とする解除)

1 被告会社は、もとは、被告補助参加人高橋秋男(以下・高橋と言う)とその家族のみが社員となっていた会社であり、従って、極めて個人的色彩の強い会社であったが、被告の現代表者である堀繁夫(以下・堀と言う)は、平成三年九月二〇日に高橋から、本件土地の賃借権を含む被告会社の営業権全部を金九八〇〇万円で買受け、その引渡を受け、本件土地を占有している。

2 原告らは、被告に対し、平成四年八月二五日の口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(信頼関係破壊を理由とする解除)

1 政夫は、その妹の娘婿であり、極めて信頼していた山梨透(以下・透と言う)から、昭和四五年ころ、近い将来独立して運送業をやりたいので、その時は、本件土地を車庫用地として貸してくれ、と頼まれていたことから、その予定にしていたところ、透の兄である高橋が、独立して運送業を始めることになったこと、将来は、高橋と透が共同で運送業をやる予定であると言うし、透の口添えもあったことから、政夫は、高橋が代表者となった被告会社に本件土地を賃貸した。

2 政夫は、高橋に対し、昭和五〇年ころから、賃料の増額と更新契約書の作成(抗弁記載のとおり、当初の契約書では期間は五年と記載されている)を求めていたが、高橋はこれに応じないで、不誠実な態度に終始した。

3 政夫の死後賃貸人となった宏巳も、高橋に対し、政夫と同様な請求をしてきたが、これについても高橋は容易に応じず、平成元年一月になってようやく賃料については、従来より約二万円の増額に応じたが、契約書の作成については拒絶し続けた。また、右増額の賃料も近隣の相場と比較すると、極めて低廉な額であった。

4 宏巳は、平成三年六月にも同様の要求をしたが、高橋からの回答は、前記と同様で一向に埒があかなかった。

5 平成三年七月下旬、高橋は宏巳に対し、本件土地のうち借地権分として五割を更地として譲れと要求してきたことから、宏巳は、八月分以降の賃料の受領を拒否し、同年八月中旬には高橋に対し、本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

6 高橋は、平成三年九月二〇日、被告会社の組織全部を堀に譲渡し、被告の代表者は、高橋から堀に変更され、その他の役員や社員も堀の妻や子で占められた。

そのため、被告は、法人としては同一であるが、高橋の個人的会社から、堀と言う高橋とは無関係の個人的会社に変更となった。

7 被告会社は、高橋が経営していた運送業に、従来堀が白ナンバーで営業していたトラックや従業員を使用して運送業を継続している。

8 原告らは被告に対し、右のことを理由として、平成四年八月二五日の口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を解除するとの意思表示をした。

六  認否

(賃借権譲渡の主張に対し)

賃借権譲渡の事実を否認し、その余の事実を認める。

(信頼関係破壊を理由とする解除の主張に対し)

6の前段の事実と7の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

七  再々抗弁

1  宏巳は、平成三年四月一七日、高橋に対し、賃借権の譲渡について承諾をした。

2  被告の代表者が、高橋から堀に変更となっても、被告会社の内容に変化はなく、本件土地の利用状況に変更はない。

従って、被告会社の社員の変更があっても、利用状況に変化がないのであるから背信性はなく、従って、解除は許されない。

3  原告らは、被告が本件土地を賃借して占有していることを知りながら、更地価格で坪八五万円もする土地を、僅か三〇万円(合計一億二二五〇万円)で取得したのに、賃貸借契約の解除を主張して、本件土地の明渡しを求めている。右は、賃借権付きの土地を安く買って、借主を追い出し、土地価格を高めようとする、いわゆる地上げ行為である。

被告としては、本件土地の利用ができなければ、営業の存続が不可能であり、正に死活問題であるところ、本件土地の利用状況は、過去も現在も全く同一である。

これらの事実からすると、原告らの明渡し請求は権利の濫用であり許されない。

八  認否

否認する。

九  再再々抗弁

賃借権の譲渡については、書面による承諾を要するとの特約がある。

一〇  認否

否認する。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因について

1  請求原因2、3の事実は争いがなく、同1の事実は、甲第一二号証と証人滝戸宏巳の証言によって認めることができる。

2  請求原因4の事実について

甲第一二号証と滝戸証言によれば、現在の本件土地の賃料は月一二万三〇〇〇円であることが認められる。

そうすると、平成三年一二月四日以後の本件土地の相当賃料額は、別紙物件目録記載一、二の土地部分は月六万〇三二二円、同三の土地部分は月五万九九七八円と認めるのが相当である。

二  抗弁について

抗弁事実は全部当事者間に争いがない。

三  再抗弁について

(無断譲渡を理由とする解除の主張)

1  高橋から堀に賃借権の譲渡があったとの点を除き、右以外の事実は争いがない。

2  そこで、賃借権の譲渡の有無について検討する。

証人高橋秋男の証言によれば、高橋が被告の代表者であった当時の被告会社の社員は、高橋とその妻(取締役)及び三人の子の五名であったことが認められる。

右事実からすると、被告会社は、高橋の個人的色彩の極めて強い会社であったと言うことができる。

被告会社の如き個人的色彩の強い会社においては、会社経営者の個性と言うのは、相互の信頼関係を前提とする不動産賃貸借の特質からすると最も重視されなければならないところである。

従って、本件の如き賃貸借契約においては、実質的には、経営者が賃借権を有するものとも考えられ、経営者が変更すると、旧経営者から新経営者に賃借権が譲渡されたと考えることができないではない。

しかし、本件の場合、代表者が高橋から堀に変わり、その社員に変更があったとしても、その前後をとおして、法人格に変更はないわけであるから、右事実のみで、賃借権の譲渡があったとすることはできない。

よって、原告らのこの点を理由とする解除の主張は採用できない。

(信頼関係破壊を理由とする解除の主張)

1  右主張1の事実は、甲第一二号証と前記滝戸証言及び原告山梨重機の代表者の供述によって認めることができる。

2  2の事実のうち、甲第一二号証によれば、政夫が高橋との間で、昭和五〇年ころから、賃料の増額と新契約書作成の交渉をしていたことは認められる。

そして、高橋が、新契約書の作成に応じなかったことは認められるが、しかし、賃料の増額交渉に応じなかったことは認められない、また、高橋に不誠実な態度があったことも認められない。

3  3の事実のうち、前記証拠によれば、政夫の死後賃貸人となった宏巳が、高橋に対し、賃料の増額と新契約書の作成の要求をしたが、これについても、高橋は容易に応じようとせず、平成元年一月になって約二万円の増額には応じたが、新契約書の作成は拒否したことが認められる。

しかし、高橋が新契約書の作成を拒否したのは、丙第一号証と証人高橋秋男の証言によれば、それは、宏巳から、本件賃貸借契約を使用貸借に変更してくれとの要求があったためであり、平成三年六月の交渉の際の事情も同様であったことが認められる。

そうすると、高橋が新契約書の作成を拒否した行為は、当然のことであると認めるのが相当である。

4  5の事実は、甲第一二号証と滝戸証言によって認めることができるが、それも、本件土地明渡し交渉に関連した話し合いの席のことであるから、これのみを取上げて、高橋の不誠実な行為と評価するのは相当でない。

しかし、これらのことから、宏巳は、平成三年八月分以降の賃料の受取を拒絶するようになった。

5  6、7の事実は当事者間に争いがなく、前記高橋証言によれば、その代金は金九八〇〇万円であることが認められ、同8の事実は、裁判所に顕著なことである。

以上認定の事実によれば、宏巳と高橋の間では、政夫の死後から、本件土地の賃料の値上げや、新契約書の作成を巡ってトラブルが絶えなかった。加えて、政夫が被告(その実質は高橋個人である)に本件土地を賃貸したのは、政夫の妹の娘婿である透を信用していたこと、高橋が透の兄であることが大きな理由となっていたからであり、その間の事情は、高橋は、昭和四五年に被告が本件土地を賃借した際に知っていたことであり、それにも係わらず、高橋は前記(無断譲渡を理由とする解除の主張の判断のところで記載した事実)のとおり、被告会社の経営権一切を堀に譲渡し、高橋とその家族は、被告会社の経営から完全に離脱してしまったことが認められる。

そうすると、被告会社はその法人格は同一と言えても、その実態は、高橋個人の会社から、それとは全く別個の堀個人の会社となってしまったものと評価せざるを得ない。

従って、現在の本件土地の使用収益は、堀の個人会社によって行われているものと言わざるを得ない。

以上のとおり、宏巳と高橋(形式的には被告会社)との信頼関係は破綻に瀕していたところ、前記経営権の譲渡によって信頼関係は完全に失われてしまったことが認められる。

しかも、その最大の原因は、本件土地の賃借権が高橋の個人会社から堀の個人会社である被告に譲渡された結果であることからすると、宏巳に、本件土地賃貸借契約の解除権が生じたと認めるのが相当である。

そうすると、その後本件土地の所有権を承継取得した原告らは、宏巳の、解除権を有すると言う右地位も承継取得したものと解せられるので、原告らが平成四年八月二五日の口頭弁論期日において右解除権を行使したことにより、被告の、後記の主張が採用できない限り、本件契約は解除により消滅したことになる。

四  再々抗弁について

1  高橋が、賃借権の譲渡について、宏巳の承諾を得たとの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  高橋が被告の代表者であった当時と堀が代表者になってからの、本件土地の利用状況について、変更がないことは、丙第四号証と被告代表者の供述によって認めることができる。

しかし、原告山梨重機の代表者の供述によれば、原告らは、現実に原告らの自動車整備工場用地として本件土地を必要としていること、以前から、本件土地を透が買い取る話が出ていたことが認められ、しかも、被告が主張する本件土地の価格は、いわゆる、バブル経済のため土地価格が異常に高騰した時の価格であることが認められる。

他方、丙第四号証によれば、本件土地の更地価格は約三億四〇〇〇万円となるところ、仮に、借地権価格を五割と評価したとすると、本件土地の借地権価格は、約一億七〇〇〇万円となるはずであるのに、高橋は、堀に対し、本件土地の借地権を含む被告会社の営業権一切を金九八〇〇万円と言う非常に低い価格で譲渡したことになり、不合理と言わざるを得ない。

これらの事実を対比してみると、原告らが坪当り約三〇万円と言う低価格で買い受けたと言う事実があったとしても、原告らの、前記解除権の行使が信義則に反し権利の濫用になるとは認められない。

3  右によれば、再々抗弁は全部理由がない。

五  以上説示のとおりであるから、原告らが、平成四年八月二五日の口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を解除するとした意思表示には理由があり、そうすると、原告らの本訴請求は、本件土地の明渡しを求める部分については理由があるが、損害金の支払いを求める部分の請求は、主文三項の限度では理由があるが、その余は失当であるからいずれも棄却する。

よって、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

一 所在   清水市駒越西二丁目

地番   弐〇四四番壱

地目   宅地

地積   六六弐・五〇平方メートル

二 所在   清水市駒越西二丁目

地番   弐〇四四番弐

地目   宅地

地積   参・参〇平方メートル

三 所在   清水市駒越西二丁目

地番   弐〇四四番四

地目   田

地積   六六弐平方メートル

四 所在   清水市駒越西二丁目弐〇四四番地壱、弐〇四四番地四

家屋番号 弐〇四四番壱の壱

種類   倉庫

構造   鉄骨造スレート葺平家建

床面積  参六七・四弐平方メートル

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